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私は集団レベルの話に個人レベルの話を持ち込んでいます。それは意図的なことです。
まず、英語を習った日本人はネイティブと機能は同じでも、それを行う認識は
全く違うでしょう。
同様に、社会学的に言う、日本人の集団や、ある英語ネイティブの集団の両方から
離れているとも言えるでしょう。
…ていうか、人間なんてな一人一人違うわけで、それを集団ごとに捉えないと
意味のある結論を引き出せないというのは学問の限界であって、限界は現実ではない。
そのへんの境界条件をいかにうまく設定させ、発展させるかというのは、どの学問で
あっても重要事項なのだろうと考えます。
で。ここのとりいさんのCoral Red Bulletin Boardに集まった人間。全員国籍的には
日本人と思われますが、その全員が社会学的日本人集団に完璧に属する、典型的
日本人である…という保証はどこにもない。
なのに、「ここにいる人は日本人だから哲学できない」と言うのは、現実に限界を
押しつける行為であり、「あなたは日本人だから、生魚が好きで、枯山水を理解する
おしとやかな国民だよね!」というのと同レベルの思いこみに思えたわけです。
その思いこみ=恥ずかしいオリエンタリズム、と私は主張しました。
それが言葉遊びの結果であって、特に本気で主張しない、ということでしたら…
こちらの誤解なので、恥ずかしいオリエンタリズムに関しては撤回します。
ですが、西洋、東洋という非常におおざっぱなくくりで集団を分けた結果得られる
結論を、物理学者の現場の問題に当てはめて意味のある結論を出すことができるか
どうか、というのは私は未だに懐疑的であると言わせていただきます。
そして、それに失敗すればそれは「安っぽいオリエンタリズムの押しつけ」に
なる危険をはらんでいるかと。
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