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いよいよ解明の時期に入った高温超伝導

 投稿者:井口和基  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
  最近,高温超伝導の機構を示唆する重要な研究がMITの今井博士のグループによって
公表された(cond-mat/9902348).それによると,超伝導は磁気-電荷ストライプの
電荷ストライプの中で起こっているらしいというもである.しかし,この
静的な電荷ストライプは超伝導状態では見えなくなり,超伝導でなくなるとこれが
見えてくるというのである.したがって,超伝導状態でもこれが動的に存在して
いるのではないか,これが超伝導機構にもろに関係があるのではないかというのが,
論文の主旨である.

この理論的試みは,Emery氏とKivelson氏によって行われている(cond-mat/9809083 etc.) .彼等は,超伝導は2次元的というよりはむしろ1次元的ではないかというアイデアを
主張している.つまり,Calogelo-Sutherland modelやHaldane-Shastry modelや
Luttinger liquidの概念がそのまま使えるシステムであるということである.
ノーベル賞学者のこの分野の権威,Andersonは,高温超伝導物質では電荷-スピン分離を
2次元的に起こしていると予想しているが,実はそもそもこの物質には1次元性が潜んで
いるのではないかというのが,Emery-Kivelsonのアイデアの本質である.

では,なぜ正の電荷を持ったhole(空孔)が1次元的に並んで配列するのだろうか?
そのためには,電気的な反発に打ち勝つだけの引力がhole間に存在しないとそれは実現
できないはずである.あるいは,holeは電気的中性であるかである.

この微視的なメカニズムの証明が行なえれば,いよいよ高温超伝導は解明できるのかも
知れない.

Boys! Be ambitious!
鳥居様
たいへんごくろうさまでした.今後ともよろしくお願いします.

稲葉様他
慎んで無礼であった点に対しては心よりお詫びします.

敬具.

PS: ちなみにcond-mat/9809083などは,物理学論文検索システムのあるロスアラモス
研究所,日本では基礎物理学研究所にあるサーバー,xxx.lanl.govで使う,論文番号
のことです.
 

おかたづけ。

 投稿者:とりい  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
  昨日からサーバーの不安定がたたって、まともに書き込めませんでしたが、
強引にまとめます。

昨日の稲葉さんとよしかわさんの書き込みには、せっかくの私と海法さんの合意を
全然理解していないところがあるのではないだろうか。
原理主義は原点への回帰ではなく、原点の拒否なのだ。それを原点だと思いこんで
いるだけで、構造的には全く違う。>稲葉さん
よしかわさんのいう「危機の回避の理論」の前者の解釈は、単に「私がオリエンタリズム
にドップリ浸かってないか」を証明できるかどうか、ということを意味するので、
それは文化の議論ではない。自己弁護に過ぎない。
さらに私が稲葉さんやはまださん、海法さん(はお互い撤回でよろしいのだが)に対して
「断定している」というが、ここでの議論の開始時点では「かもしれない」と思った
だけで断定はしていなかった。投書さん(どっかへ消えてしまっているが)の書き込みに
対するヒステリックな反応を見て、そう判断することにしたのだ。それに稲葉さんや
浜田さんは悪く言えば「下手に出るとつけあがる」癖がある。だからあえてああいう
書き方をした。だいたい、ネットカフェで日本語を使えるなんて例外だし、人の機械を
借りているときに勝手にフォントでもインストールしろと言うのだろうか。まったく
良識を疑う。いっぺん文字コードをOccidentalにかえてネットサーフしてみるといい。

インターネットへのアクセスに関し、何人かの方は、自分たちの「恵まれた」環境を
当然だととらえてしまっているのだろう。つまり、大学や研究所でいつでも使い放題、
日本語あたりまえ、である。
私のクラッシュについては決して申し開きしないが、ここの読者には大概自宅で、
一日の限られた時間(それもテレホーダイタイム)だけつなぐという方も多いだろうし、
また研究者ほど議論の分野の専門知識があるわけでもない(私だって大してよく
知っているわけではない)。ここで議論するなら、そういう人たちにこそ参加して
欲しいのだ。実際私が聞いた「掲示板の議論(ここに限らず)に参加しない理由」
の第一は、「話の展開が早すぎて、口を挟むのをためらう」だった。だからこそ、
(最低限の)書き込み量ガイドラインを示し、ほかを参照する必要のない書き方を
お願いしているのである。(なお、ひらまさんにまだ書き込む気がおありなら、
別に書き込まれてもかまわない。単なる誤解だということをお認めなのだし)。

というわけで、これからの指針。
黒木掲示板から飛び火してきた「文化」議論はおわり。後は稲葉さんのご提案通り
海法さんのところで(海法さん、よろしいですか?)
私は時間もそんなにないし、さっき見に行ったら稲葉さんの長台詞にぞっとしたので
(量のことだけです、念のため)、参加する気はありません。それに、私はこの問題を
ぜひ「作品」で書きたいんです。あんまりネタばれさせるのもねえ。
書き込みガイドライン(量、書き方、e-mail開示)は継続。リンクやブックマークは、
ここではなく「http://members.tripod.com/jadelied/cr/bulletin.html」(掲示板案内)に
張ってください。特にリンクは。
立入禁止者は、今のところなし。
なお、e-mailアドレスがない方には、各種無料サービスを使用すれば手にはいることを
お知らせしておきます。個人的にはNetscape Webmailがおすすめ。日本語の入っている
機械なら、Inboxでは文字化けしますが、文字化けしたメールにReplyするを選ぶと、
書き込みウィンドウに引用された日本語は何の問題もなく読め、そのまま転送できます。

個人的には、元々一番乗りだった落合さんとか盛り上げようとしていたところのハラダさん
とかの話題に移行したいのですが、もうだいぶみなさん嫌気がさしてるような気がして
残念です。まったく。
 

この続きは

 投稿者:稲葉振一郎  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
  鳥居さんのご意向はどうなるかよくわかりませんが、
とりあえず「今日で終わり」と宣言されてるわけで、
続きをやりたい人は海法さんのところに移動、でどうでしょうか?
あたしの「試乗会」だけじゃ寒いっす。
オリエンタリズム論ももう一本の柱にすれば結構かっこいい。
それに「試乗会」もいずれは
戦後日本社会科学のセルフオリエンタリズムにたどり着く予定なのだ。

PS
「読んでる」とか「がんばれ」とかよそのボードで書いたりメールでくれるのはいいんだけど、
ならコメントしてよね。

http://cgi.din.or.jp/~kaiho/cgi-bin/bunka.cgi

 

 投稿者:海法 紀光  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
  文責−ではなく、分析のあやまりです。失礼しました。  

私の書いた意味は

 投稿者:海法 紀光  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
  オリエンタリズムに陥ることなく、西洋、東洋の問題から、物理学の現場の問題に
光を投げかけ意味のある文責をすること、のほうです。

問題を認識した後、どのように回避すべきか? というのは今のところ、まだ議論していない
つもりです。
 

率直な感想2

 投稿者:よしかわ  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
   では鳥居さんにお聞きしますが、鳥居さんはなぜ海法さんのいう「危険の回避の議論」しないん
でしょうか。(海法さんの言い方だと「黒木伝言板で鳥居さんが言いたかったことを、オリエンタ
リズムに陥ることなく提示すること」とも「どうやってオリエンタリズムに陥る危険を回避すれば
いいかについての議論」のどっちとも読めますが、鳥居さんは後者とのみ解釈していますね。では、
そう限定した上で話を進めるとして、)鳥居さんは、安っぽいオリエンタリズムに陥らないために
は「個人の心がけ」しかないとおっしゃっていますが、具体的にどういう心がけがいるのか、を議
論された方がやっぱりいいんじゃないでしょうか? 現に、その心がけを十分しているはずの鳥居
さんがこんなに誤解されている。仮に誤解するまわりが悪いのだとしても、やっぱり鳥居さん自身
が「じゃあ誤解されないためにはどうすればいいのか」をもっと具体的に考えなければいけないん
じゃないんですか? いなばもご同様。
 なぜ鳥居さんがここまで誤解されているのでしょうか? 私なりに考えてみます。たとえば02月
24日(水)06時58分23秒のオリエンタリズムの説明が典型ですが、多元主義者は、つまりはここで鳥
居さんは、(異文化間の)「本質的差異」を前提としている、と言ってます。フェミニズムを勉強
していると、こういう言い方にはすごく敏感になってしまいます。そもそも具体的にどういう違い
が「本質的」なんですか? 誰が、どうやってそれを見分けることができるんですか? こういう
デリケートな問題を扱うのに、頭から「本質的」って言うのは少し無頓着すぎると思います。多く
の人が気にしている問題は、異文化間に本質的な差異があるかどうか、じゃなくて、異文化間に本
質的な差異があるとかないとかそもそも言っていいのかどうか、あるとしてもそんなことを言うこ
とにどんな意味があるのか、ではないでしょうか? この辺で話が食い違っているんじゃないでし
ょうか。
 追伸、黒木さん横長でごめんなさい。
 もし鳥居さんにとって不愉快な記述があったらごめんなさい。
 

率直な感想1

 投稿者:よしかわ  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
   はじめまして。よしかわともうします。いなばの同居人です。メールアドレスは持ってないし、
リモートホストもいなばといっしょですが、まったく別人ですからご理解下さい。
 で、この間いなばの横で黒木伝言板以来のごたごたをみてきました。それこそバイアスがかかる
かもしれないので、自分としてはできるだけ鳥居さんの側に立って考えようとしてきました。が、
もうこの議論も終わりということなので、一言言わせていただきますが、鳥居さんの書き込みの多
くは、それらの全体の論旨が第三者に理解しやすいものにはなっていないように思われます。鳥居
さんの頭の中では全部ちゃんとつながっているんだろうなとは推測できますが、そのつながりがき
ちんと文章として、論理的に、わかりやすく書かれていないように思います。あなたを批判してい
る人の文章の方が、言いたいことが一貫していて、明解なように私には思えました。
 鳥居さんからしてみれば、どれだけ説明してもわかってもらえない、のれんに腕押し状態の中、
できるだけのことはしてきたとおっしゃるかもしれませんが、でも結果的に第三者に鳥居さんの言
いたいことがちゃんと伝わってなかったらどうしようもないじゃないですか。互いの誤解から摩擦
が生じるばかりです。 学者の卵として勉強しているのなら、自分の考えていることをきちんとわ
かりやすく言葉として紡いでいく誠実さや忍耐強さが必要だと思うのですが。
 これまでの経過をまとめると、まず、そもそもの始まり、黒木伝言板では、物理学者の現場での
文化問題に、あなたが「近代自然科学は西洋の所産だから、西洋文化とは何か、という一般論から
その問題は理解できる」という風な書き込みをされて、「そういう一般論をしてるんじゃなく、現
場の研究をどうするかという話をしているんだ」「仮にそういう一般論をするとしても、そんなお
おざっぱな話は役に立たない」と批判されたんですよね。で、それがごたごたで中断した後、この
伝言版で「そういう一般論に何ができて何ができないのか」をやるはずだったんですよね。ところ
がまた変な事情で大混乱になって、気がついたらオリエンタリズム(及びそれと同型の、他人を型
にはめて色眼鏡で見る暴力性)の話になっている。
 身も蓋もなく言うと、黒木伝言板の人たちの鳥居さんへの批判の重要なポイントとして、「鳥居
さんの内容はオリエンタリズムの危険がある」というのがあるに対して、鳥居さんは「そういう私
へのあなたたちの決め付けこそオリエンタリズムと同じだ」と反撃しているんですよね。結果とし
ては、いなばは「自分の論法にはオリエンタリズムと同型のものになる危険がある」と認め、鳥居
さんも自分の主張が安っぽいオリエンタリズムの押しつけになる危険性をはらんでいると認めた。
 

キリスト教原理主義も

 投稿者:稲葉振一郎  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
  啓蒙主義、リベラリズム、近代主義、世俗化、等々への反発から生じ、「原点」を幻視して
そこに回帰しようとする運動であるので、かなりあてはまるんじゃないかな。
近代化の邪魔としての教会、キリスト教のグロテスクなイメージを過剰に自己に引き受けるもの、
つまりオリエンタリズムの鏡像、という規定が。
それはもちろんアメリカの宗教右翼には完全に当てはまるし、カトリックのリベラリゼーションを
押しとどめようとする現法王の体制にもあてはまるのでは。
 

危険の回避の議論は

 投稿者:とりい  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
  しない。所詮、それは個人の心がけにかかってくることで、危機感を持つ人間が
先に立って啓蒙して行くしかないのだから。今こそ、Lumieresが必要なのだ。
「集団」がオリエンタリズムに陥ったのは事実だ。たとえばフランスの教育界は、
ブルデューの教育に関する分析をから解決を探すのではなく、「何だ、結局
構造が悪いんだ」と安心してしまった。
結局、この構造を解決しようと言う情熱を持つ人間が存在し、新たな構造を作る
努力をしていかない限りなにも意味はないのだ。それが私の言う「文化を創る」
という意味であって、オリエンタリズムにドップリ浸かっている構造を非難する
のに終始していてもなにも変わらない。彼らがゲームのルールを決めている以上、
そのルールに則ってすべてを解決するのが唯一の手段なのだ。
私が「楽観的」なのは、一見構造に取り込まれているようでも、私たちの世代は
「個人尊重」の恩恵によって、構造から自らを解き放つのが容易いと言うことだ。
もちろん、悪い方向にそれを使っている人間も多くいるが。

で、原理主義なのだが、これはオリエンタリズムとは違う性質を持っている。
念のため指摘しておきたいが、最初の原理主義はキリスト教原理主義であって、
これはどうしても稲葉さんのおそらく考えているようなオリエンタリズムの使い方
で生まれるものではない。
あらゆる原理主義やカルトの中心人物には、非常に純粋科学を高いレベルで修めた
者が多い。彼らは科学至上主義を徹底して身につけ、世界の合理性や明確性に深い
信頼を持っている。
ところがあるとき、彼らの科学への「信頼」を損なう事件が(しばしば私的な
ところで)おき、彼らはジレンマを回避するために科学とは別の論理形態を模索する。
このとき一見合理的に見える論理形態としてある宗教が提示された場合、彼らは
科学に替わるものとしてそれを全面的に受け入れる。これは「新しい世界への目覚め」
ではなく、むしろ逆のもの、「進歩の拒否」である。
ピアジェによればより高い知識レベルへ移行するためには、一度既存の知識が否定
され、それに替わる知識を受け入れることが必要なのだが、原理主義への傾倒は全く
別の理論形態へシフトするのであって、ここには上昇性がない。

要約すれば、オリエンタリズムは「集団」のレベルの認識問題であるのに対し、
原理主義は「個人」のレベルの認識問題なのだ。
実際、著名な諸カルトの指導者の経歴を見ると、その初期は実に「成功を約束された」
近代的な人物であることが多い(というか、今のところ私は例外をしらない。)

念のため、今日(土曜日)でこの議論はおしまい。私の土曜日の書き込み(こちらはまだ
金曜なので)は何かあればちょこちょこと書くこととして、日曜日(日本時間で月曜早朝)で管理人としてこれからのこの掲示板の指針をまとめます。書きたいことがある人は
いそいで書いてください。
 

論理レベル了解

 投稿者:海法 紀光  投稿日:1970年 1月 1日(木)09時00分0秒
   私から見て、とりいさんが、日本人という集団に(大ざっぱに)あてはまる事項を、
この掲示板に集った個々人に適用していたように思えたので、個人の話をさせてもらった、
ということです。

 これ以降は(これ以降も)論理レベルは、はっきりさせるようにします。

 とりいさんの危険の回避の議論を楽しみにさせていただきます。
 

以上は、新着順11番目から20番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  |  《前のページ |  次のページ》 
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