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では鳥居さんにお聞きしますが、鳥居さんはなぜ海法さんのいう「危険の回避の議論」しないん
でしょうか。(海法さんの言い方だと「黒木伝言板で鳥居さんが言いたかったことを、オリエンタ
リズムに陥ることなく提示すること」とも「どうやってオリエンタリズムに陥る危険を回避すれば
いいかについての議論」のどっちとも読めますが、鳥居さんは後者とのみ解釈していますね。では、
そう限定した上で話を進めるとして、)鳥居さんは、安っぽいオリエンタリズムに陥らないために
は「個人の心がけ」しかないとおっしゃっていますが、具体的にどういう心がけがいるのか、を議
論された方がやっぱりいいんじゃないでしょうか? 現に、その心がけを十分しているはずの鳥居
さんがこんなに誤解されている。仮に誤解するまわりが悪いのだとしても、やっぱり鳥居さん自身
が「じゃあ誤解されないためにはどうすればいいのか」をもっと具体的に考えなければいけないん
じゃないんですか? いなばもご同様。
なぜ鳥居さんがここまで誤解されているのでしょうか? 私なりに考えてみます。たとえば02月
24日(水)06時58分23秒のオリエンタリズムの説明が典型ですが、多元主義者は、つまりはここで鳥
居さんは、(異文化間の)「本質的差異」を前提としている、と言ってます。フェミニズムを勉強
していると、こういう言い方にはすごく敏感になってしまいます。そもそも具体的にどういう違い
が「本質的」なんですか? 誰が、どうやってそれを見分けることができるんですか? こういう
デリケートな問題を扱うのに、頭から「本質的」って言うのは少し無頓着すぎると思います。多く
の人が気にしている問題は、異文化間に本質的な差異があるかどうか、じゃなくて、異文化間に本
質的な差異があるとかないとかそもそも言っていいのかどうか、あるとしてもそんなことを言うこ
とにどんな意味があるのか、ではないでしょうか? この辺で話が食い違っているんじゃないでし
ょうか。
追伸、黒木さん横長でごめんなさい。
もし鳥居さんにとって不愉快な記述があったらごめんなさい。
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